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新刊ゲスト
「引き寄せ力アップ 開運!なぞり龍 (扶桑社ムック)」
著者 龍画家・絵獅匡 協力 神田明神 1月発行予定新刊ゲスト「四柱推命鑑定ハンドブックⅠ: 生日干支占法 (四柱推命鑑定虎の巻)」
著者 龍青三 アマゾンペーパーバック 1月発行新刊ゲスト「一年に一度しか会えない日本の「来訪神」図鑑」 青春出版社
著者 フランそあ根子 監修 中牧弘允 2月発行予定新刊ゲスト「占察善悪業報経 ー 木輪相法の戒め」
みほとけの教えと占い(妙法会) 11月発行新刊ゲスト「数の秘密 2024年あなたの 運命を導く数秘術ガイド」
著者 菊池靖志 アマゾンペーパーバック 1月発行新刊ゲスト「健康と未来は気功で変わる」 風詠社
著者 沈立君 3月発行予定新刊ゲスト「マヤ暦でつかむ 最高の運命(仮)」 (青春文庫)
著者 木田景子 3月発行予定テレビ番組ゲストNHK 歴史探偵
「陰陽師 平安京の闇を払え」
初回放送日 2024年1月31日新刊ゲスト「最初からていねいに学ぶ 1分間風水入門」 太玄社
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宇坂悠北 (著) 1月発行占い好きゲストわたしたち占い好きグループで、いま一番の話題の本です。
ほかの占いの好きな人たちにも、おすすめしたい本です。「おみくじの歴史 神仏のお告げはなぜ詩歌なのか」
著者 平野多恵
吉川弘文館 (歴史文化ライブラリー 583)新刊ゲスト「毎日書いて幸せになる 武田双雲のおみくじ金言」
著者 武田双雲 東京ニュース通信社 4月発行予定新刊ゲスト「あなたの知らない「霊」の世界 悪運を遠ざけ、幸運を引き寄せるには?」
著者 シークエンスはやとも 王様文庫 3月発行予定新刊ゲスト「増補改訂版 霊能一代」 二見書房
著者 砂澤たまゑ 2月発行予定新刊ゲスト「地球の歩き方 ムーJAPAN 神秘の国の歩き方ー縄文 古墳 UFO 妖怪 鬼」
編集・出版 地球の歩き方編集室 3月発行予定新刊ゲスト「呪術講座 入門編」 KADOKAWA
著者 加門七海 3月発行予定新刊ゲスト「もっと!誕生日が教えてくれる本当のあなた」 世界文化社
著者 ともこ 3月発行予定新刊ゲスト「3日で人生が劇的に好転する文字の書き方」 さくら舎
著者 林香都恵 3月発行予定占い好きゲスト古典・伝統占星術の人が聞いた、見上さんという人に若いころいろいろ
聞いた(習った?)おじいさんの話ですが、推測みたいな部分もあるよ
うで・・・(以下、敬称など省略)袁樹珊 明治14年 ~ 昭和43年
徐楽吾 明治19年 ~ 昭和24年
阿部泰山 明治21年 ~ 昭和44年
高木乗 明治12年 ~ 昭和40年
韋千里 明治44年 ~ 昭和63年有名な人たちですが、4人は同じ時期を生きた感じがするそうです。
阿部泰山は大正時代、20代半ばで四柱推命の本を出したそうですが、
30才のころ初めて上海に資料探しと現地調査に行き、その後何度か渡
航をしたそうです。
そのころ上海はわい雑、混沌とした感じで、大正10年に芥川龍之介が
書いた「上海遊記」を読めばよくわかるそうですが、占いもさまざまな
ものがあったそうです。阿部泰山は漢文にくわしく「金瓶梅」や「紅楼
夢」などの物語も知っていて、その中で占い師の人が宣伝文句で「自分
は10以上の流派に通じた優れた術者」みたいに言ったシーンを思いだ
し、「いろいろあるものだ」みたいに思ったらしいそうです。実際に占ってもらい、いろいろな話を聞くうちに、職業占い師の人たち
には、生日と季節の組み合わせで占う人たち、通変星と神殺のセットに
意味を持たせ占う人たちなどが、多いように感じたらしいそうです
上海など中国には、占い趣味のような人たちが多く、そんな人たちには
欽定書だった「三命通会」という本を話す人もいて、たくさんの格局を
使う人や、生日と生時の組み合わせを言う人、出所がよく分からない複
雑な方法の人などさまざまだったらしいそうです。
でも、そのころの占いの本は、手書き筆写の本が多く、流通も少なくて、
とても苦労したらしいそうです。そんな上海渡航を繰り返していたころ、袁樹珊の書いた「命理探源」の
初版が出版され話題になったそうです。袁樹珊という人は漢方の先生を
していたそうですが、いろいろな占いにくわしく、特に四柱推命と六壬
神課がメインだったそうで、阿部泰山もその影響を受けて、四柱推命と
六壬神課がメインになったかもしれないそうです。占い好きゲストそのころの本として「滴天髄」「命理約言」「子平真詮」などという本
もあったそうですが、手書き筆写本が流通した時代で、任鐵焦という人
の解説した「滴天髄」を、袁樹珊が書籍化したのは、昭和8~9年ころ
になるそうです。
その後になって、徐楽吾が「滴天髄」「窮通宝鑑」「子平真詮」などの
本を、自分の解説付きで書籍化したそうですが、「命理約言」の書籍化
は、さらに後で韋千里によるものだったそうです。
そのころは昭和6年に満州事変があり、上海事変は昭和12年と、時代
の変化があり阿部泰山も渡航をすることはなく、ツテを求めての本の購
入だったらしいそうです。いろいろ名前が出て来た本は、今の日本では専門古書店でないと在庫が
ほとんどなくて、現役の新刊がある「三命通会」は「淵海子平」などの
古い時代の本からの文章を集めた部分と、生日と生時を組み合わせた方
法からなどの部分があるそうです。
この生日と生時を組み合わせた方法は、高木乗という人の流派では最も
重要とされた時もあったそうですが、同じ部分が阿部泰山全集にも2冊
に分かれて、掲載されているそうです。生日、生月、生時の組み合わせ
の本で、韋千里の「八字提要」の和訳の本もあったそうですが・・・古典・伝統占星術の人の感想だそうですが、阿部泰山という人は上海の
占い事情を見てから「占いにはさまざまな方法がある。それぞれの術者
が自分の判断、取捨選択で考えるべき」と考えていたフシがあるように
思うそうです。「そのために自分が調べて集めたものを、阿部泰山全集
として残しておく」と言っている感じがするそうです。
そんな感じに思った、いくつかのエピソードがあったそうですが、誰が
話したものなのか不明らしく・・・?阿部泰山は弟子の人が、「全集のA書とB書では違う」みたいなことを言
うと「いろいろあるから、自分で考えろ」と怒ったらしいそうです。
阿部泰山は一日の区切りが、23時と24時の2つの方法になったのは、
上海の西洋人の影響からかもしれないと、話したらしいそうです。
阿部泰山は大運を、それ以前の日本の計算方法から、10年ごとの計算
に変更した時に、前の本の方法は間違いと認めたらしいそうです。
阿部泰山は自分の鑑定方法を説明せず、ある高弟の人は病気の泰山の鑑
定代行をするようになって、ようやくその方法を知ったらしいそうです。 -
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